日本で生まれ育った方々で、ひな祭りという行事を知らないという方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
男の子や男性であったとしても「お雛様」を飾る女の子の行事ということは、よく知られた周知の事実だと思います。
でも、「ひな祭りの由来まで知っている」という方は、少ないのではないでしょうか。本記事では、実は知らないひな祭りの歴史や背景を解説し、一年に一度のひな祭りを楽しんで頂くために簡単にひな祭りについてまとめています。
1.なぜ、ひな祭りでは、お雛様(雛人形)を飾るの?
災いがふりかかりませんように。美しくてよい結婚に恵まれ、人生の幸福を得られますように。
お雛様には、女の子の健やかな成長と幸せを願うという意味が込められています。女の子が産れて、健康に育ってほしい、将来幸せになってほしいと願う、いつの時代にも変わらない親御様の想いを込めて贈るものです。時代は変わり、技術はどんどん発展しますが、決して変わらないものもあります。お子さまの幸せを願う想い。ご家族とのかけがえのない時間。お子様にどんな想いをこめるのか、どんな女性になってほしいか、願いを込める雛人形にその将来の姿を重ねて、お雛様を選んで頂く(雛人形の選びかたは、こちら)、お子様の成長と将来の幸せを願って飾ることがお雛様を飾る意味だと考えています。
2.ひな祭りの歴史
歴史背景は様々なものが絡み合い、今のひな祭りに。
お雛様は、上記のように産れた女のお子様の将来の幸せを願うためのものです。しかし、古来からこういった意味が込められていたかというと、そうではありません。様々な歴史的背景があって、現代のひな祭りになったと言われています。ひな祭りの発祥は、中国で季節の変わり目に災厄をはらい、健康を願う行事に倣い、平安時代以前に自分の罪や汚れを「ひとがた」(人の形を象徴的にかたち作ったもの)に託して流す行事を三月の初旬頃に始めたことと言われています。※
この三月初旬の行事が、貴族の子どもたちの「ひいな遊び」(人形遊び)と結びつき、人形で遊ぶという習慣が生まれたと言われています。そんな人形遊びに使われていた人形が、江戸時代以降に職人の技術発展により、現代のような工芸品として男女一人ずつのペアとして製作されるようになり、「おひなさま」と呼ばれ、遊ぶものから飾る物に変わっていきました。また当時の幕府は、それまで三月上旬とされていた上巳(じょうし、じょうみ)の節句を三月三日とし、加えて三月三日は女の子の日と定めました。これにより、従来からの健康を願うという意味を込めて、三月三日に「おひなさま」を飾り、お供え物をして、「おひなさま」を「祭る」、「ひなまつり」という行事が一般的なものになります。やがて、江戸時代中期以降に男女ペアの「おひなさま」に美しさと幸せな結婚という姿を重ね、女の子の誕生とその健やかな成長、将来の幸せを願う現代のひな祭りという行事になりました。
※現代にも伝統的な行事として行われている「流しびな」の源流です。当工房のある埼玉県ではさいたま市岩槻区の流しびなが有名ですので、ご興味のある方は是非一度ご覧になってみてください。
3.ひな祭りの雛人形は誰が用意するの?
雛人形は、元来、お母様の親御様から贈るというのが一般的です。これは、昔は嫁入り(旦那様の家に同居するのが一般的)してしまうと、なかなか会うことができない娘と孫に会うために贈るようになったと言われる慣例が母方の親御様から雛人形を贈るという部分だけ今も残っているためだと言われています。しかし、現代では昔と事情が異なるため、決まりがあるわけではありません。当工房のお客様も親御様ご自身で購入されるお客様やお子様のお父様の親御様がご購入されるというお客様もたくさんいらっしゃいます。
まとめ
「ひな祭り」にも昔からの多くの歴史的背景が絡み合い、現代のひな祭りになったとご理解いただけたと思います。諸説あるものもございますが、いつの時代も無事に過ごせますようにとの願いを込めていた、そしていつしか「お子様への親の想い」を込めた「ひな祭り」となっていったと簡単にご理解頂ければと思います。お子様が健やかに成長し、幸せになってほしいという気持ちは、きっと今後も変わることがない不変の想いだと思います。現代にまで昔からの親御様の想いを紡いできた「ひな祭り」を大切にしていきたいですね。